毎年11月。僕は、家族とごはんを食べる喜びをいつも以上に噛み締めます。
鍋の蓋を開けた瞬間の湯気、お米の香り、そして子どもたちの笑顔。妻の手料理と共に食卓に並べられた炊き立ての新米を見ると、今年も無事にお米がとれた喜びがあふれて、来年も米作りを頑張ろう、楽しもうって思えるのです。
ふと数えてみれば、明日香村に移住して12年が経ちました。妻のお腹の中にいた長女はもう小学6年生。月日が経つのは本当に早いです。初めて村を訪れたのもちょうど稲穂がたわわに実るよく晴れた日で、その日もこの村には美しい田園風景が広がっていました。
当時の僕は、稲刈りのシーズンがいつだとか、稲穂の実りが美しい理由とか、そういうことはわからなかったけれど、とにかくなんだか美しいこの土地に、すごくココロが惹かれたことを覚えています。
それが今では、この村で農家になり、お米や蓮根、マコモなどを育てているのだから、人生とは我ながら不思議なものです。
食品企業での日々から世界の旅へ
生まれは兵庫県尼崎市で、育ったのは三田市のニュータウン。野球ばかりしていて、農業とは縁のない子ども時代を過ごしました。
高校を卒業してからは京都で一人暮らしをさせてもらい、大学ではラグビーとアルバイトに明け暮れ、大学卒業後は神戸の某コーヒーメーカー兼食品卸の企業に就職。4年間、新たに進出した岐阜の営業所で卸先を開拓するために、朝から晩まで懸命に働いていました。
会社は冷凍食品や加工食品もたくさん取り扱っていて、高級ホテルのレストランでさえ1円でも安く経費を抑えるために、味よりもコスパが良く、効率的な冷凍食品や缶詰を求められました。当時の僕は、そのことに漠然とした違和感を感じつつも、料理長の期待に応えるのに必死で、とにかく毎日安くて便利な食材を探し回っては配達していました。
3年ほど馬車馬のように働き、心身ともに疲れ果てていたある日。郊外にオープンしたばかりの小さなイタリアンレストランとの取り引きが始まり、担当になりました。職人気質のオーナーシェフはいつも本物の食材を求めていて、自家菜園でハーブを育てているような人で、生産者の顔が見える野菜のストーリーや、豚肉やオリーブオイル、トリュフなどひとつひとつの食材にある物語を熱く、いつも楽しそうに話してくれました。
僕はそのとき、扱っている食材について価格や使いやすさのことしか説明できなくて、もどかしい気持ちと情けない気持ちになると同時に、「自分ももっと本物を扱いたい」 「安いとか使いやすいとかじゃなくて、ココロが喜ぶような物と関わりたい」 と、情熱のようなものが芽生えるのを感じました。今思えばそのシェフに、ココロの火を点けてもらったような気がしています。
その後脱サラし、バックパックひとつ背負って海外旅へ。
妻となる女性と一緒に発展途上国と呼ばれる国々をめぐりながら、「自然の豊かさ」や「そこで暮らす人たちのココロの豊かさ」に触れ、自分もこんな風に暮らしたい、本物を育める人になりたいという気持ちが大きくなっていきました。
旅の最後にたどり着いたオーストラリアでは、約2年間、働きながら滞在しました。ファーマーズマーケットで出会ったベトナムからの移民夫婦が営む農場で、ウーフ(WWOOF|Willing Workers on Organic Farm)の制度を使い、週5日住み込みで農業を学びました。
オーストラリアは大規模農業のイメージがあったけれど、オーガニックに関しても先進的な国で、スーパーにはオーガニックコーナーがあり、小さな町にも自然食品店やヴィーガンカフェが並んでいました。
今でもそうですが、この頃は人のご縁だけで生きていたと断言できるくらい、お世話になった方の紹介やコネで仕事をもらい、働かせてもらいました。素敵な人はやはり素敵な人を紹介してくれて、素敵な場所へ誘ってくれました。
自然豊かで魅力的な場所で、楽しみながら暮らしを営む人たちに混ざって生活する中で、「僕たちは日本に帰ったら必ず素敵な場所で、農のある暮らしをするんだ」という気持ちがますます強くなっていきました。それがいつか、お世話になった人たちへの恩返しにもなるんだって、ワクワクしながら未来を考えていました。
明日香村で自然とともに生きる
そして今、僕は農を営み、自然栽培という考え方で育てた作物を、求めてくれる人たちに届けることで生活をしています。あのとき、イタリアンのオーナーシェフが教えてくれた「本物を扱うこと」や、旅で出会ったたくさんの人たち、農の師匠たちのように「自然とともにある楽しい暮らし」を、少しずつですが実現してこれているのが嬉しいです。
もちろん、自然には敵わないことばっかりです。 繁忙期は日々作業に追われ、終わりが見えず不安になったり、イノシシに稲をめちゃくちゃにされたり、去年の夏は雨がまったく降らず、収穫がゼロだった田んぼもありました。
「スローライフ」なんてどこの言葉かと思うくらい、焦りに焦る日もありました。 だけど、「自然は待ってもくれないし、急いでもくれない、ただ流れている」 という言葉のように、自分も自然の一部になって、一緒に、ただただ季節とともに、抗わず、流れていきたいと最近は思えるようになりました。
農を営むことは、明日香村の原風景を創り続けること。それはとっても誇らしいことだと思っています。
そして、毎週金曜日に出店しているファーマーズマーケット「明日香ビオマルシェ」では、お客様と直接顔を合わせたやり取りができ、「おいしかったよ! 今年も楽しみにしていたよ!」などと、いつもあたたかい言葉をかけていただくたびに、作り育てる身として「こんなに嬉しいことはないな〜」と、いつもありがたい気持ちでいっぱいになります。
あすかのサマバケでプログラムの会場になっている蓮根畑も、仲良くなった地元の農家の方からのご縁で、「飛鳥蓮根」を引き継ぐことになりました。
ぜひ、あすかのサマバケを通して、 「自然とともに、自分に還る」ことを一緒に、楽しく、体験してもらえたら嬉しいです。
今までたくさんの方とのご縁でつながってたどり着いた明日香村。これからもこの地でどんな出会いがあるのか、この豊かな自然が舞台の毎日が、まだまだ楽しみです。